藤川球児が背番号22に復活!2017で引退?全盛期がすげぇぇぇ!

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2016シーズン、4年ぶりに阪神に復帰した藤川球児投手。

当初は先発としてローテーションの一角を担うことが期待されましたが、これはなかなか機能せず、途中から中継ぎに転向しましたね。

しかし、中継ぎとしても十分な活躍を見せることはできず、本人にとっても、そしてファンにとっても不本意なシーズンでした。

ファンとしては、あの「JFK」時代の強烈なイメージがいまだに残っており、どうしても高いレベルでの活躍を期待してしまいますからね。
今回は、そんな藤川投手の2017シーズンの背番号、引退の噂、そして全盛期のハンパない活躍ぶりをチェックしてみました。

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藤川球児の背番号が22!変更は4度目?

2016年「18」だった藤川投手の背番号が、2017シーズンは以前につけていた「22」に変更されると発表されました。

これまでの藤川投手の阪神での背番号の変遷を見てみると、

1999年~ 背番号「30」(入団時)
藤川球児・背番号01

2002年~ 背番号「92」(球児の名前から)
藤川球児・背番号02

2005年~ 背番号「22」(全盛期、優勝)
藤川球児・背番号03

2016年~ 背番号「18」(復帰)
藤川球児・背番号04

2017年~ 背番号「22」

となり4度目の変更となりますね。

全盛期の背番号に戻し「あの活躍をもう一度」と、チーム側の期待も大きいようです。
気分を一新し、往年の輝きを再び放ってほしいものですね。

ちなみに阪神の歴代背番号「22」をつけていたのはこちらの選手

塚本 博睦(1937~43・外野手)
森下 博(1946・投手)
長原 孝治(1948・投手)
江藤 正(1949・投手)
後藤 次男(1950~51・外野手)
田宮 謙次郎(1952~58・外野手)
古川 啓三(1959~61・捕手)
室山 皓之助(1962~64・外野手)
谷本 稔(1965~66・捕手)
西村 公一(1967~68・内野手)
田淵 幸一(1970~78・捕手)
木戸 克彦(1983~96・捕手)
関川 浩一(1997・捕手)
中谷 仁(1998~2001・捕手)
喜田 剛(2002~03・外野手)
キンケード(2004・外野手)
藤川球児(2005~12・投手)
呉 昇桓(2014~15・投手)

18人もの選手が同じ背番号を付けていたんですね。しかも、投手、捕手、内野手、外野手と、ポジションもまんべんなく。

印象として強く残っているのは、やはり田淵幸一さんとか木戸克彦さんなど捕手のイメージかな?

最近ではやはり「石直球」の呉昇桓ですね。

藤川投手が前回背番号を「22」にしたのが2005年。これは阪神がリーグ優勝した年ですから、2017年もなんか縁起がいい気がしません?
チームとしてもいい結果を出してくれることを期待しちゃいますよね。

藤川球児は2017で契約終了!その後は引退?

藤川投手は、2016-17年の2年4億円の契約ですから、2017年も現状維持でチームに残ります。
が、来季が契約最終年だし、37歳になるという年齢からも、その先の去就が気になりますね。

事実、ネット上では「複数年契約でも戦力にならないなら引退すべき」などという厳しい声も上がっていますし、2016シーズン序盤で打ち込まれたころは新聞紙上でも「球児引退か?」などと盛んに書かれていましたから、来季は最後の勝負の年となることは間違いないでしょう。

阪神ファンはどうしても全盛期の藤川投手と比べてしまうのでそこが厳しいところですね(^-^;

中継ぎ陣でも岩崎投手、石崎投手、歳内投手のなどの成長も期待なだけに投手兼コーチ的な役割にもなってくるんでしょう~

ところで、「引退」のキーワードで調べると、必ず上がってくるのが2010年の矢野燿大さんの引退試合のエピソード。

甲子園での横浜戦。2点リードで迎えた9回表、マウンドに上がったのは当時絶対的守護神だった藤川投手でした。

2アウトになれば矢野捕手がマスクをかぶり有終の美……と、誰もが思っていた次の瞬間、藤川投手は村田修一選手(現巨人)に逆転3ランホームランを被弾!

結局、矢野さんの引退試合は出番なくなってしまった最悪のゲームでしたね。

優勝を争っていた時期でどうしてもあの試合を落とせないっていうのが理由だったんでしょうけど、引退試合で見れないのはやっぱり残念でしたね。

結果的にあの試合で、ほぼ優勝の可能性が消えてしまったから余計に残念でした汗

引退セレモニーでは、花束贈呈をその村田選手がしてたことも印象に強く残ってますが(笑)

阪神ファンにヤジられてましたけどね・・・

村田選手からすればホームランを打つ気があったというよりも「当たっちゃった~」って感じだったと思いますが^^;

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藤川球児の全盛期が凄すぎ!ストレートの回転数は歴代1位?

引退の話ばかりしてしまいましたが、もともとすごい投手なことはご存知ですが、彼の全盛期の話もしましょう。

なんといっても

ストレートがくるとわかってて打てない

ちょいと経歴から遡ってみます~

1999年に高知商業からドラフト1位で阪神に入団した藤川投手。

2003年までは目立った活躍もできず、一時は戦力外の候補としても考えられるほどだったといいます。

しかし2004年、当時二軍投手コーチだった山口高志さんの指導を受けて投球フォームを改造し、先発から中継ぎに転向したことから大躍進が始まります。

この時期からストレートに威力が増してボールがホップしていったわけです。
2005年は80試合に登板し、53ホールドポイントを獲得。初タイトルとなる最優秀中継ぎ投手も受賞しました。

2006年は63試合で30ホールドポイントを獲得。この年は47イニング2/3連続無失点(球団記録)、38試合連続無失点(セ・リーグ記録)なども達成しています。2年連続の最優秀中継ぎ投手も獲得しました。

2007年は抑えとして活躍し、71試合46セーブポイントを挙げ、初の最多セーブ投手を獲得しています。この年はリリーフ投手として史上初となるしました。

気付けば歴代阪神のセーブランキングダントツトップですのでやっぱり期待してしまいますね!

このオールスターの時は印象深いですね!

このあとも阪神の中心選手として活躍し、2012年からメジャーに行くわけですが、とにかく藤川投手の全盛期の記録を並べたら、それはそれは「すげぇぇぇ!」としか言えません。

“火の玉ストレート”で強打者と真っ向勝負する藤川投手の姿は、いまもファンの脳裏に焼き付いていますよね。

まとめ

阪神の絶対的守護神として活躍してきた藤川投手。

年齢を重ね、さすがに全盛期の力は衰えてきており、引退もちらつくようになってきています。

しかし、試合終盤の絶体絶命のピンチに登場し、並み居る強打者をばったばったと打ち取っていった彼の熱いスピリットは健在です。

技術だけでなく、そんな投手としてのメンタルな部分も若手に伝えていってほしいと思います。

背番号も変えて心機一転。
頑張れ、球児!

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