阪神ドラフト1位の成功・失敗の選手を振り分け【過去と現在】

阪神の歴代ドラフト1位選手で活躍した選手もいれば全く活躍できなかった選手もいます。

阪神に限らず一流クラスの選手は意外と下位指名入団選手が多かったしますが、阪神の場合はどうでしょうか?

今回は阪神ファンのアンケートを元に歴代の阪神ドラフト1位入団選手で「成功した選手」と「失敗した選手」過去と現在進行形でまとめてみました。

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阪神のドラフト1位・成功した選手【大当たり厳選】

過去に活躍したレジェンドや現在活躍中の選手をみても豪勢なメンバーが揃っていました。

江夏豊【1966年】

1966年入団⇒1984年引退
通算:829登板、206勝158敗193S、防御率2.49
阪神時代(1967~1975年):424試合登板、159勝113敗14S 防御率2.42

歴代ドラフト1位でこの人を外すわけにはいきません。

オールスターで9者連続奪三振という偉大な記録も印象的ですが、記録がありすぎて何をピックアップすればいいかわからないくらいの投手です。

先発だけじゃなく、リリーフでもこれだけ高評価だった投手はいません。

タイトル
最多勝利:2回 (1968年、1973年)
最優秀防御率:1回 (1969年)
最多奪三振(当時連盟表彰なし):6回 (1967年 – 1972年) ※6年連続受賞は最長タイ記録(他は鈴木啓示)。セントラル・リーグでは、1991年より表彰
最優秀救援投手:6回 (1977年、1979年 – 1983年) ※最多タイ記録(他には赤堀元之、佐々木主浩、岩瀬仁紀)、5年連続は最長タイ記録(他は佐々木主浩)
表彰
沢村栄治賞:1回 (1968年)
最優秀選手:2回 (1979年、1981年) ※両リーグでの受賞は史上初
ベストナイン:1回 (1968年)
最優秀投手:1回 (1968年)
オールスターゲームMVP:3回 (1970年 第2戦、1971年 第1戦、1980年 第3戦)
月間MVP:1回 (1979年8月)
ファイアマン賞:2回 (1981年、1982年)
日本プロスポーツ大賞 殊勲賞:1回 (1968年)[51]

田淵幸一【1968年】

1968年入団⇒1984年引退
通算:1739試合、1532安打、打率.260、474本塁打、1135打点、18盗塁、OPS.896
阪神時代(1969~1978年):1141試合、1016安打、打率.264、320本塁打、735打点、14盗塁

歴代のミスタータイガースの3代目。

捕手でありながら放物線を描く打球から「ホームラン・アーチスト」とも呼ばれるホームラン打者ですが選球眼もよく四球が多いことでも知られていました。

打数を本塁打で割った本塁打率が王貞治さんに続いて2位ということで、トレード後の西武時代では規定打席に到達してないのに30本塁打という恐ろしい数字ですね。

タイトル
本塁打王:1回 (1975年)
表彰
新人王(1969年)
ベストナイン:5回 (1972年 – 1976年)
ダイヤモンドグラブ賞:2回 (1973年 – 1974年)
正力松太郎賞:1回 (1983年)※選手として表彰
日本シリーズ優秀選手賞:1回 (1983年)
パ・リーグプレーオフ優秀選手賞:1回 (1982年)
月間MVP:2回 (1975年4月、1983年5月)
野球殿堂エキスパート部門(2020年)

岡田彰布【1979年】

1979年入団⇒1995年引退
通算(阪神1980~1993・オリックス1994~1995):1639試合、1520安打、打率.277、247本塁打、836打点、76盗塁、OPS.813

入団した当時は掛布雅之さんなどのレジェンドクラスのメンバーが本職の内野にいましたが、結果的にセカンドのレギュラーを奪って新人王を獲得しています。

日本一に輝いた1985年はクリーンアップ三者連続ホームランの1人ということで印象に残っているのではないでしょうか。2004年から監督に就任すると2005年にリーグ優勝、その後2008年まで常にAクラスということで指導者としての素晴らしい実績を持ちます。

現在は主に解説者として活動されていますが、インパクトある発言でファンも多いですね。

表彰
新人王 (1980年)
ベストナイン:1回 (1985年)
ダイヤモンドグラブ賞:1回 (1985年)
月間MVP:2回 (1985年8月 野手部門:1989年6月)
オールスターゲームMVP:2回 (1980年第1戦、1988年第2戦)
セ・リーグ最優秀監督賞:1回 (2005年)
ベスト・プラウド・ファーザー賞 in 関西 (2013年)

湯舟敏郎【1990年】

1990年入団⇒2001年引退
通算(阪神1991~2000・近鉄2001):257試合登板、60勝79敗3S、防御率3.99

阪神の暗黒時代を支えたローテの一角。
2年目の1992年には史上58人目となるノーヒットノーランを達成しています。

本人が優勝争いしたのはこの1992年のみで打線の援護が極端になかった時代を過ごした投手といえるでしょう。

表彰
月間MVP:2回 (投手部門:1992年6月、1992年9月)

藪恵壹【1993年】

1993年入団⇒2010年引退
日米通算(阪神1994~2004、MLB2005・2008、楽天2010):379試合登板、91勝112敗1S、12H、防御率3.58(NPB)、防御率4.00(MLB)

こちらは阪神暗黒時代のエース。
阪神で3度の開幕投手に84勝をマークしますが、当時阪神の打線が援護していれば確実に100勝はマークしていた投手といえるでしょう。

死球が原因となった清原和博氏との因縁は今でも各メディアで語られています。

現在は自身のYou Tubeチャンネルヤブチューブで阪神の試合を振り返って解説されています。

表彰
NPB
新人王 (1994年)
月間MVP:1回 (投手部門:1994年5月)
JA全農Go・Go賞:1回 (最多奪三振賞:1997年5月)
優秀JCB・MEP賞:1回 (1998年)
サンスポMVP新人賞 (1994年)[19]

今岡誠【1996年】

1996年入団⇒2011年引退
通算(阪神1997~2009、ロッテ2010~2011):1309試合、1284安打、打率.279 、122本塁打、594打点、17盗塁、OPS.733

打撃センスは天才級と呼ばれた選手。

リーグ優勝した2005年にはNPB歴代3位となる147打点をマークします。

2005年の4番金本、5番今岡は歴代最高レベルの4番・5番といっても過言じゃありません。
2006年からは打撃フォームの改造がうまくいかなかったのか2009年に戦力外通告を受けるまで成績が急降下となりました。

タイトル
首位打者:1回 (2003年)
打点王:1回 (2005年)
表彰
ベストナイン:3回 (2002年、2003年、2005年)
ゴールデングラブ賞:1回 (2003年)
月間MVP:3回 (2002年4月、2003年7月、2005年9月)
最優秀JCB・MEP賞:1回 (2005年)
JA全農Go・Go賞:1回 (好走塁賞:1999年4月)
オールスターゲーム優秀選手賞:1回 (2005年第2戦)
報知プロスポーツ大賞:1回 (2003年)
ヤナセ・阪神タイガースMVP賞:1回 (2002年)[38]
サンスポMVP特別賞 (2002年)[39]

藤川球児【1998年】

1998年入団⇒2020年引退
通算(阪神1999~2012、MLBロッテ2013~2015、阪神2016~2020):811試合登板、61勝39敗164H,245S、防御率2.18

誰もが認める日本を代表するクローザー。
入団当初は怪我も多く先発としては機能しませんでしたが、2004年のシーズン途中から中継ぎに回ると2005年に一気に開花。

JFKの中でも群を抜く存在となりました。

ストレートとわかってるのにバットに当たらない火の玉ストレート。
あと5セーブで名球会入りでしたが、抑え方まで求められるクローザーは他にいません。

解説者としても非常にわかりやすく神解説と言われるほど。
ユーチューバーとしても活動していますが、阪神の監督就任も楽しみです。

タイトル
NPB
最多セーブ投手:2回(2007年、2011年)
最優秀中継ぎ投手:2回(2005年、2006年)※2年連続は最長タイ記録(他は岩瀬仁紀、森慎二、久保田智之、攝津正、浅尾拓也、山口鉄也、佐藤達也、福原忍、宮西尚生)
表彰
NPB
月間MVP:2回(投手部門:2005年6月、2008年9月)
最優秀バッテリー賞:1回(2005年 捕手:矢野輝弘)
最優秀バッテリー賞特別賞:1回(2008年)
JA全農Go・Go賞:1回(救援賞:2008年6月)
オールスターゲーム優秀選手賞:1回(2005年第2戦)
オールスターゲーム・ベストピッチャー賞:1回(2008年第2戦)
ゴールデンスピリット賞:1回(2012年)
若林忠志賞:1回(2012年)
ヤナセ・阪神タイガースMVP賞:1回(2005年)[146]
サンスポMVP大賞:2回(2006年、2011年)[147]
サンスポMVP特別功労賞(2012年)
ベスト・ファーザー イエローリボン賞 in 「プロ野球部門」(2008年)

安藤優也【2001年・自由枠】

2001年入団⇒2017年引退
通算:486試合登板、77勝66敗76H11S、防御率3.56

2年目から中継ぎとして活躍、2005年から先発に再転向すると2009年から3年連続開幕投手ということで、エースとして活躍。

2013年からさらに中継ぎに転向。

シュートや外角のストレートなど、抜群のコントロールで先発・中継ぎどちらも機能していた投手です。

タイトル
最高勝率 :1回 (2005年) ※ (当時連盟表彰なし)。セントラル・リーグでは、1972年までと2013年以降表彰
表彰
月間MVP 1回:2006年9月
JA全農Go・Go賞 1回:2003年7月(救援賞)

鳥谷敬【2003年・自由枠】

2003年入団⇒2021年現在ロッテ
通算(阪神2004~2019、ロッテ2020までの成績):2211試合、2090安打、打率.279、138本塁打、828打点、131盗塁、OPS.763

阪神の生え抜きで最多安打を記録しています。
体が強く1年目からレギュラーとして13シーズン連続全試合出場に667試合のフルイニング出場など、長年阪神のショートを支えました。

抜群の選球眼から史上15人目の1000四球を達成。
2011年から飛ばないボール統一球をきっかけに2桁ホームランはなくなりましたが、打って守れる貴重な遊撃手でした。

タイトル
最高出塁率:1回 (2011年)
表彰
ベストナイン:6回 (遊撃手部門:2008年、2010年、2011年、2013年 – 2015年)
ゴールデングラブ賞:5回 (遊撃手部門:2011年、2013年 – 2015年、三塁手部門:2017年)
オールスターゲーム新人賞 (2005年)
月間MVP:1回 (野手部門:2010年8月)
スピードアップ賞:1回 (2010年)
ヤナセ・阪神タイガースMVP賞:1回 (2010年)[161]
若林忠志賞:1回 (2015年)
ミキハウス 虎キャンプMVP:1回(2015年)[162]
HEROs AWARD:1回(2017年)[163]
セントラル・リーグ連盟特別表彰:1回 (2018年)[164]
関西スポーツ賞 特別賞 (2018年)[165]
第7回 Athlete Dresser Award(2018年)[166]

能見篤史【2004年・自由枠】

2004年入団⇒オリックスで投手兼コーチ
通算(阪神2005~2020までの成績):443試合登板、104勝93敗2S、防御率3.34

ブレイクしたのは5年目。
入団当初は中継ぎで苦しみますが、2009年から先発の一角として活躍。

WBC選出に開幕投手も3度経験しており、2009年~2016年はメッセンジャーと共に阪神の先発陣の柱としてフル回転しました。

梅野選手や岩貞投手などの複数の後輩からもリスペクトされています。

現在はオリックスコーチ兼任投手ですが、いずれ阪神の投手コーチとして戻ってきてほしい存在ですね。

タイトル
最多奪三振:1回(2012年)
表彰
月間MVP:4回(投手部門:2010年9月、2011年10月、2013年5月、2013年6月)
JA全農Go・Go賞:1回(最多奪三振賞:2009年5月)
セ・パ交流戦 日本生命賞:1回(2013年)
オールスターゲーム敢闘選手賞:1回(2012年第1戦)
若林忠志賞:1回(2016年)[86]
サンスポMVP特別賞:1回(2009年)[87]

藤浪晋太郎【2012年】

2012年入団

高卒入団から3年連続2桁勝利をマーク。
阪神だけじゃなく日本を代表する投手と期待されましたが、制球難から2016年以降は良い時、悪い時の差が激しく1軍2軍を行き来したシーズンが続いています。

中継ぎで圧倒的な存在感をみせるときもありますが、本人は先発へのこだわりは未だに強く2桁は十分勝てる投手でしょう。

高卒入団から3年連続2ケタ勝利は阪神では江夏豊氏以来。
常に期待してしまう投手です。

タイトル
最多奪三振:1回(2015年)

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大山悠輔【2016年】

2016年入団

当時金本監督の判断でサプライズのドラフト1位。

賛否の意見はありましたが、結果的に阪神の念願でもあった右の大砲として成長中。
4番という立場から野次られることも多いですが、長打の打てる生え抜きとしてファンから愛されてる選手です。

今後の4番は佐藤輝明選手との争いになっていくでしょうけど、長年クリーンアップに君臨してほしいですね。

近本光司【2018年】

2018年入団

外れ外れ1位から結果的に即戦力として大成功。
入団して2年連続の盗塁王、セ・リーグ新人最多安打記録と体は大きくありませんがパンチ力があるのも大きな魅力。

阪神で足の速い選手の打撃は合わせるだけで強い打球が打てない選手が多かったのですが、近本選手は足上げてスイング力強く長打もそこそこある選手です。

当時センターが安定してなかった阪神にとって貴重な存在となりました。

怪我がなければ常に盗塁王、首位打者、最多安打争いに参加してることでしょう。

タイトル
盗塁王:2回(2019年、2020年)
表彰
セ・リーグ連盟特別表彰:1回(新人特別賞:2019年)
オールスターゲーム最優秀選手賞(MVP):1回(2019年第2戦)
オールスターゲーム敢闘選手賞:1回(2021年第1戦)
スピードアップ賞:1回(2020年)

佐藤輝明【2020年】

2020年入団

競合ドラ1位で獲得できたのは藤浪投手以来。

練習試合、オープン戦から結果を出すと、開幕前の新人でヒッティングマーチが作られるほどに。開幕してからもありえない飛距離で前半戦はチームトップのホームランを放ちます。

弱点を突かれてファームに落ちることもありますが、阪神だけではなく日本を代表するスラッガーになっていく可能性を秘めた選手。

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阪神のドラフト1位・失敗した選手【平成から厳選】

1軍で思うように活躍できなかった選手、1軍出場もないまま引退した選手もいます。

活躍できなかったドラフト1位はこちら。

萩原誠【1991年】

1991年入団⇒2001年引退
通算(阪神1992~1997、近鉄1998~2001):124試合、38安打、打率.192、4本塁打、14打点、1盗塁、OPS.567

大阪桐蔭の4番として甲子園初出場・初優勝。

掛布2世として期待されるも怪我に苦しみ活躍することはありませんでした。

現在は整骨院を開業。

安達智次郎【1992年】

1992年入団⇒1999年引退
通算:1軍登板なし

大型の左腕投手として将来の有望株でしたが、1軍登板なしのまま引退。

途中から外野手に転向、再び投手に復帰という苦労人。

非常に残念ですが、肝不全で41歳の若さでお亡くなりになりました。

藤田太陽【2000年】

2000年入団⇒2013引退
通算(阪神2001~2009途中、西武2009~2012、ヤクルト2013):156試合登板、13勝14敗4S、防御率4.07

ドラフト前に巨人と競合して逆指名入団。

キャンプ前に右肘に痛めたことが影響したのか、開幕すぐに二軍降格。
2年目には靭帯移植手術。

その後も怪我が多く思うような活躍はできませんでした。

岡崎太一【2004年・自由枠】

2004年入団⇒2020年引退
通算:119試合、27安打、打率.185、2本塁打、11打点、1盗塁、OPS.510

自由枠から入団して阪神に16年間在籍。

2016年には開幕スタメンマスクを任されるなど、一時的にチャンスはありました。

ただ、ドラ1位の期待としては2軍生活が長すぎましたね。

現在はスカウトとして活動。

白仁田寛和【2007年】

2007年入団⇒2016年引退
通算(阪神2008~2013、オリックス2015~2016):56試合登板、3勝2敗3H、防御率3.86

大学・社会人ドラフトから1位指名。

即戦力として期待されましたが、入団して3年間は1軍登板なし。

怪我はアマ時代、阪神最終シーズン以外報告はありませんが、阪神では6試合登板のみ。
トレードでオリックスに移籍した2015年は43試合登板のキャリアハイを残していますが、ドラ1位投手として成功とはいえない成績です。

二神一人【2009年】

2009年入団⇒2016年引退
通算(2010年~2015年):27試合登板、0勝3敗1H、防御率5.31

大卒から即戦力と期待されて背番号18番を背負いますが、プロ7年間で未勝利。

背番号が66に変わってからはロングリリーフ要員など、中継ぎとしての存在感を出せたシーズンもありました。

2016年オフに戦力外通告を受けて引退。
現在は球団広報。

まとめ

成功・失敗の基準に正解はありませんが、アンケートを元に阪神ドラフト1位の成功・失敗の選手を振り分けてみました。

比較的ドラフト1位入団選手で活躍した選手は多い印象はあります。

佐藤輝明選手には日本を代表するスラッガーになってほしいですね。

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